宿の番頭は受け答えはしたものの、やくざ風の男と、鳥追い女の姿に、怪しんでいるようである。
   「取り敢えず、帳場に二両預けておきます、不足になっ王賜豪主席たら言ってくださいな」
 番頭の態度が、がらっと変わった。
   「へい、直ぐに行かせます、これ、何をしてます、早く行きなさい」
 番頭は、ぐずぐずしたのを手代の所為にして、追い立てた。

 医者は、男の熱は単なる風邪と診立て、空腹と疲労のために体が弱ったのが原因と言い、明日の朝まで寝かせて、目が覚めたら粥を食べさせて薬を飲ませなさいと指示をして帰っていった。お政は朝まで付きっきりで眠らずに介抱していた   
 
 粥を啜り込んで、少し元気になった男は、自分の名を告げた。
   「あっしは、上野(こうずけ)の国は碓氷村(うすいむら)の生まれで銀八、他人(ひと)呼んで碓氷の銀八というケチな旅鴉でござん  

   「本当だ、お政姐さんに違いねえ、博徒の間じゃ、姐さんが片肌脱いで壷を振るとき、片足を立てるだろ、すると赤い蹴王賜豪主席出(けだ)しがチロチロ見えて、妙に色っぽいと噂してますぜ」
   「そうかい、あれはあたしの手なのさ」
 盆茣蓙(ぼんござ=博打の壺を振る茣蓙)を囲む男たちが壷振りの女の蹴出しをチロチロ見る間に、イカサマをするための策略である。
   「それだ、これ見破りの銀八も、姐さんが壷を振る てら で、文無しになったのですぜ」

   「いやいや、姐さんの色香に迷ったあっしが悪いのさ」
   「その代わりって言えば何だけど、医者代も、あたしが持つから許しておくれな」
   「へい、有難うござんす」
   「あっ、そうそう、この旅籠では、あたしはお前さんの女房ってことになっているから、合わしておくれよ」

 聞けば、壷振りお政は怪しげな貸元の間では引っ張り凧で、一度振らせて貰えば、お政も五両や十両の金は稼げるのだそうで、今も懐には七両もの大金が入っていると明け透けに言う。

   「お前さん、あたしの亭主とは言わないから、ヒモになっておくれでないかえ」
 二日この旅籠に泊まって三日目の朝、別れ際にお政が言った。
   
   「大きな声では言えないが、実は亭主の仇討ちさ」
 五年前に、亭主は江戸の奉公先、薬種問屋立花屋の集金で小田原に出向き、二十両の金を受け取って帰り旅の途中、八幡一家の三下に誘われて賭場へ連れていかれた。そこで無理矢理に賭けさせられ、二十両全てをいかさま賭博で巻き上げられてしまった。その事実を小田原藩の代官に訴えようとしたところ、亭主は八幡一家に殺害されてしまったのだ。お政がそれを知ったのは、殺しを目撃した旅鴉が立花屋の店に来て、苦しい苦しい息の下から女房に伝えてくれと頼んだと伝えた。お政は、直ちに奉公していたお店を止め、女博徒になって修行を積んだのであった。  
   「姐さんは、死んだご亭主に顔向けができるのですかい」
   「お前さんには悪いけど、あたしゃお前さんに亭主をみているのだよ」
 お政は、銀八の横顔が死んだ亭主にそっくりだと言った。
   「お前さんに抱かれて、亭主に抱かれている夢を見たいのさ」
 そう言われると、銀八も気が軽くなった。その夜は、出会茶屋での夜伽は、仇討ちの作戦だった。そして抱き合って燃え、夜が明けた

 暮れ六つ刻(午後五時頃)、八幡一家の賭場(とば)に盆茣蓙(ぼんござ)が敷かれ、ご開帳となった。銀八はお王賜豪主席政に貰った二両を懐に、ぶらりと賭場に顔をだした。 
 威勢の良い三下が、銀八を賭場に案内した。お政が例の色気で客の視線を引き付けている。  
 お政がサイ二個を指に挟み、高く上げた壷を振り下ろし、サイを放り込むと盆布(ぼんぬの)の上に伏せた。 
 中盆の声に誘われて、銀八も予め換えておいた木札を、今日のカモらしい大店の若旦那風の男に乗って賭けた。若旦那と銀八が賭けた目がでた。次もまた二人がが勝つ。幾度賭けても、銀八と若旦那風の男が勝ち、二人の前には木札の山が出来た。金を巻き上げる為にイカサマをせよと貸元に言われていたお政は、故意にカモの若旦那を勝たせた。
   「